◆第2回「観たいのに観れなかった映画賞」第3位作品への記念品のお渡しをいたしました!
2024年2月にswfiが開催し、4月3日に投票結果を公開しました、第2回「観たいのに観れなかった映画賞」にて、数多くの女性が投票した第3位作品「怪物」是枝裕和監督へ、記念品のお渡しと意見交換をさせて頂きましたのでレポートを公開いたします。
是枝監督、swfi代表のSAORIのほか、「怪物」プロデューサーであり一児の母でもある伴瀬萌さん、映画コメンテーターの伊藤さとりさん、swfiメンバーであり「怪物」のインティマシーコーディネーターをされた浅田智穂さんも参加し、楽しくお話をさせて頂きました。
とても読み応えのある内容となっております!
参加メンバー
swfi
代表 SAORI
理事 小林地香子
運営 浅田智穂(怪物 インティマシーコーディネーター)
是枝裕和監督
伴瀬萌プロデューサー
(記事内では敬称略)
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第3位「怪物」
「女性にとっての働きやすい環境について『何が足りなくて、何が可能なのか』というのは考えていこうと思っています。」
常に考えているのは、「現場をどうアップデートしていくか」
・是枝監督が共同代表となり立ち上げられたaction4cinema/日本版CNC設立を求める会(a4c)さんが2023年3月に公開された「日本版CNC、なぜ必要?」説明動画にて、swfiが実施した[映像業界]なぜやめた?アンケート調査の結果を引用していただいたり、ほかのメンバーの監督とはシンポジウムなどでご一緒させていただいたこともありました。是枝監督とお話しさせていただくのは今回が初めてとなります。
SAORI「改めてお時間を作っていただきありがとうございます。この映画賞は、映像業界で忙しく働き、劇場に思うように足を運べない性自認女性のスタッフキャストたちが当事者になれる映画賞として昨年から開催しています。この賞の受賞ということでどのようにお感じになりましたか?」
是枝「観たいと思っていただけたのはとても嬉しいんだけど、『結果的に観られなかった』という事を喜んでいいのかどうか、というのが複雑な賞ですね。それが面白いなと思いました。やっぱりこの賞の上位に選ばれた時には、配給会社とか宣伝スタッフは『何がいけなかったんだろう?』と考えることもあるだろうと思うんだよね。『上映期間が短かったのかな、宣伝足りなかったのかもしれないな』とか、いろいろ考えるところがいいんじゃないかと。」
浅田「女性が投票している、ということで、今女性が置かれている映画業界の環境というところに直結していると思うんですよね。」
是枝「うん、それがよくわかる。課題が見えてくるよね。でも観たいと思ってもらえたというのはすごく、それはそれで励みになる。届いたってことだろうな、そこまでは、と。」
SAORI「これは昨年も今年も感じていますが、現場でスタッフ同士で世間話として『あれ観たいけど観に行く暇ないよね』と話した作品が上位に入っているという体感があります。第2回の今回は作品リストが665本だったのですが、自分たちでリストを起こしていても知らない作品の方が多くて、つまりそれはおそらく、投票してくれたキャストスタッフたちにとっても同じ状況だったのだと思います。実際、自由記述にも『今年も知らない映画ばっかりでした』というコメントもありました。その665本中、1票以上投票があったものが193本だったんですが、そういう状況なので、1票でも票があるものは注目されていると言っていいと思っています。ただ、『劇場で観てはいない』(DVDや配信で観た場合でも、劇場に観に行けなかったものであれば投票OK)という複雑な賞なので、毎年上位作品にご連絡するときには、この映画賞の趣旨を理解していただけるか、賞を受け取っていただけるかをちょっと不安に思いながらご連絡しています。幸いなことに、昨年は「PLAN 75」の早川監督と「ケイコ、目を澄ませて」の城内プロデューサーと意見交換の場を設けることができましたし、今年は「市子」の戸田監督と、今回是枝監督にこういうお時間をとっていただけました。本当に嬉しく思っています。」
伴瀬「私は、逆に劇場に『観に行けた作品』がなんだったのかも気になります。私自身が子供を育てているので、子育て中でも映画館に行けた作品はなんだったの?と気になってきて。例えば今回の結果報告書で5票を獲得している『ゴジラ-1.0』ですが、私は東宝シネマズでやっているベイビークラブシアターの作品リストにあったんで子供と一緒に行けたんです。なので逆に、『こういうサービスやサポートがあったから行けた!』みたいな事も、もしかしたらあるんじゃないかと思いました。「子供と一緒だったら観れるのに」という人はいるはずですよね。なので配給する側も、「小さい子供と親」という潜在的な観客を期待できると思いますし、多様な環境の観客を意識して公開の方法を考えたりすることで観てもらえるチャンスが増えるのでは、とも思いました。」
参考:第2回MME賞結果報告書
東宝シネマズ「ベイビークラブシアター」
※「怪物」はベイビークラブシアターの対象作品でした
一同「確かに!」
伊藤「『怪物』は観てみると、母親たちがすごく興味を持つテーマだけど、子供を連れて観に行くには内容が静かそうだから子供が騒いだらどうしようと思ってしまう人もいるかもしれないですね。でも、本当は届けたいのは母親であったり父親の立場の人なんだと私は感じました。」
SAORI「上映中の託児サービスではなく、あくまでも一緒に観る、というものですものね。前回の自由記述に『仕事と、子育てで学校の事などやっていると映画館に行くために時間を空けることが厳しい』というコメントがありました。副代表の畦原は「市子」を観に行けなかった理由の一つとして、『上映館が近くになかった』と言っていましたが、上映劇場が近くにあるかどうかなどにもよるし、2時間空いたとしても映画に使おう、という選択がしづらい現実もあるかと思います。」
・是枝監督は先日、国に映像業界での働き方改善について盛り込まれた提言を出していらっしゃいました。(この対談は2024年4月に行いました。)
伊藤「あそこにちゃんと女性の現場での働き方を改善してほしいということも書いてらっしゃいましたが、それは監督自身が現場で、肌で感じていた事だったんですか?」
是枝「はい。僕のチームに、チーム内で結婚している夫婦が3〜4組います。旦那さんは僕の現場に参加していて、でもその奥さんは職場復帰できずに子育てをしている、という状況です。その中には職場復帰の意欲がある女性もいるので、何らかの形で(仕事に)戻ってもらえないかなっていうのはすごく考えていて、『怪物』の時にもなんとかならないかと模索していました。結局地方ロケになったので、そうなると両親2人ともが地方に長期滞在となってしまうので、子供がいる状況だとそれは難しそうだ、と。なので、全部やるのが無理だったら、誰かと2人でワークシェアしながらやるということは難しいかな?と色々探ってもらったりもしたんですが、今は別の職業にパートタイムで入ってるみたいで、じゃあ一旦それやめるのか?みたいな調整なども色々あり、『怪物』に関して言うと、(復帰してもらうのを)断念したんです。
でも、例えば僕のチームだけでそう言った働き方が成立したとしても、それで今やっている別の仕事を辞める決断につながるかっていうとそれは難しいじゃないですか。そうすると僕のチームだけじゃなくて業界全体としてサポート体制がきちんと整備されないと安心して業界に戻れないですよね、明らかに。(復帰して)ずっと僕の仕事が続けばいいけど、そうもいかない。単独で考えてるだけでは無理だから、どういうサポート体制があるかヒアリングしたり、当事者にも入ってもらって話を聞いたり、他の業種のヒアリングとかもしながら『何が足りてなくて何が可能なのか』というのは考えていこうと思っているので、提言にも書きました。
問題意識に関して言うと民間委員の方などは、風通しが良く話が通るので、もしかすると、という可能性を感じて帰ってきたんです。動かせるのかなこの人たちならっていう感じがしました。」
伊藤「実は私ずっとそれを思ってました。国に言ってくれたらな・・・・言ってくれた!と思いました」
SAORI「本当に。私はこういう活動をしていても、あんまり現場では大っぴらに営業みたいな感じでは話さないんですけど、中には映像業界の今抱える問題点などについて話せる監督もいます。でも、監督という立場の人ですら『自分が言うくらいじゃダメ』『もっと一流の、作る作品作る作品注目されてヒットしてるような人が国とかに言って初めて何かが動くんじゃないか』みたいなことをおっしゃってて、その時にもちろん、『是枝さんとかね』とその監督もおっしゃっていました。そんな会話をしたこともあるからか、今回、是枝さんが載せてらっしゃった11ページにわたる提言も拝読して、素直に、『あ、なんか風が通るかも!』と感じました。」
是枝「ありがとうございます。ただ、一部報道で、国に支援を求めた、という書かれ方をしていましたが、決してそういうわけではないんですよ。」
小林「本来は(支援も)当然あっていいはずの分野だと思う気持ちもありますね。」
・出産や子育ての期間は女性の働き方はどうしても制限されてしまうのが現状ですが、制作現場に女性が少ない事は作品の内容やふとした部分の描写にも影響がありそうです。
伊藤「女性の映画評論側として感じていることなんですが、映画評論の男性と話すと、面白いくらいに感想が変わるんです。ひとつの映画を評価する時にこんなに差が出るのか、と感じることがあります。私は、不必要な露出シーンなどがあると、『これいらないシーン!このショット何ですか?』とか言っちゃうんですね。男性は『えっ別に災害の時に裸でシャワーから出てきて下着姿でいるっていうのはありえるじゃないですか!』と言うんですが、私は『いやいらないですよね』って話になったりするんです。このシーンについては、私以外にも複数の女性が同じことを言っていたんです。これってもしかしたら、男性監督の作品でも、女性スタッフの視点が入っていれば、撮影している時点で気づいた可能性もあるんじゃ無いでしょうか。『現場では気づかれなかった?』『男性だけで作っていると、こういう事が生まれがち?』『芸術と言ってただ脱がせられてる女子が可哀想じゃない?』と思うんです。」
伴瀬「女性がいるかどうかだけではなく、一人一人のスタッフに開かれたチームであるか、意見が言える環境かどうかと言うことですよね。違和感があったとしても、監督に失望して終わるとか、お金をもらって雇われている立場だから『このシーンありえないよね』と思っても、影でこっそり『ありえないよね〜』と言いながら仕事をこなす、とか。ちょっとした違和感を伝えようと思える上司がいるか、技師がちゃんと言えるかどうか、などありますね。」
SAORI「関係性はありますよね。私が、何作品か参加させていただいている監督がいるのですが、先日参加させていただいた作品で、子供がいる立場としてどうしても違和感を感じるセリフがあって、『これおかしくないですか?』と言って、セリフを変えて下さったシーンがありました。でもそれはその監督の組に何本か参加したことがあったから言えたことで、初参加だったら言えなかったと思います。なのでさとりさんがおっしゃった作品の現場でも、違和感を感じていた人はいたんじゃないかな、と想像します。」
・是枝監督はそう言った意見を聞いている方ですか?(伊藤)
伴瀬「すごくよく聞いていると思います。」
是枝「大丈夫だよな?(笑)」
一同「笑」
是枝「なんでも言ってもらっているし、突き上げられる部分もあるし、(意見を言ってもらうことは)いいと思っているけれど、最近流石に助手チームと年齢が離れすぎてきているんですよね。監督助手でも、西川(西川美和監督)がついてくれていた時代だったら「今時の10代はこんなこと言いませんよ」とか臆さずに言ってくれていたけど、今は監督助手が20代などの孫みたいな年齢になってきているので、いいづらさを感じさせてしまっているのかな?と思う時はあります。」
伴瀬「私も立場がプロデューサーになってしまったけれど、基本的に開かれているし、開いているつもりではいます。是枝さんがバラシの時などにスタッフとすれ違った時に『どう?大丈夫?』と声がけしてくれるのはすごく嬉しいと思うんです。ただ、その「是枝さんが声かけてくれた」と言う嬉しさが、年が離れすぎると、『この違和感を伝えてみよう』と言うことにつながらない場合もあるかもしれませんよね。
『怪物』の時は、私より年下の子たちはやっぱりジェネレーションが違う感じがありました。でも私の所にちゃんと違和感を伝えてくれたので、その中で監督に言うべきことがあれば私が伝える。私より上の方は監督に直接言ったり、と言う感じでした」
是枝「先日撮影していたドラマで監督助手についてくれていた子は若かったけれど、すごくはっきり言ってくれたからとても良かったです。そう考えると年齢じゃないのかな、とも思いますね。」
伊藤「それだけ是枝さんが『聞くこと』を意識しているからですよね。言葉や意見を求めている。それができない方が多いと思います。」
SAORI「偉くなると(地位が上がると)余計にそういう方が多くなりますよね。」
是枝「プライドだと思います。作品より自分の方が可愛いから、何か意見を言われた時に『こんな小娘の意見を受けて変えたら俺の権威が失われる』みたいに思ってしまうんじゃないかな。」
浅田「そう思っている方の現場は、やっぱりそういう現場になると思います。」
伊藤「作品の仕上がりにでますね。演出に出ている。特に性癖なんかは完全に出ていると思います。」
伴瀬「多分その方自身がそういった開かれた現場を経験しないまま監督になられたのではないでしょうか。なので『監督ってこう言うものだろう』というのがあるのかと思います。」
是枝「監督自身がコミュニケーション能力とかスキルを学ぶ機会のないまま監督というポジションになってしまっている人もいて、そうなってしまうともう学び直す機会もない。結果、言葉にすることもできず、怒鳴ったり否定や拒否、排除する、という方向でしか自分を守れなくなってしまう。ある意味可哀想でもあるかもしれない。そういった一部の人を擁護するつもりはないけれど、韓国のKAFA(韓国映画アカデミー)のようにもう一度学び直す場としての学校があるとか、そういう仕組みを作れるといいですよね。
665本という本数は、ある意味日本映画の多様性を担保している素晴らしい部分でもあると同時に、多すぎて作品の質や予算がある程度のレベルを保てないという作品もあるというのも現実。ボランティアみたいな形でやりがいを搾取して作られてしまった映画もあり、ある種製作現場の環境の底上げをしていこうと思った時に、そういう作品はこぼれていってしまう。そういう環境でしか作れなかった作品の監督などからすると、底上げして作れなくなったらどうなるんだ、という気持ちがあるわけですよね。」
※KAFA(韓国映画アカデミー)はそのすべての授業料が国費から支払われる国立映画学校。卒業してすぐに監督や撮影監督として通用する能力を育てている。韓国ではほとんどのスタッフが大学の映画学科で理論を学び実習をして技術を身につけてから現場に入る。是枝監督はKAFAで学び直しをしている学生さんにも出会ったという。
・映画作りについても、開かれたチームでいることにしても、きちんとした学びを経て監督になる、そういった視点は大切ですね。監督に限らず、自分のキャリアやポジションが上がっていくと、どうしてもパワーバランスがこちらが強くなってしまいますよね。
伊藤「是枝さんに対して、西川さんくらいの年代なら付き合いも長いでしょうし、違和感を感じた時に言いやすいですよね。」
SAORI「『市子』の戸田監督もおっしゃっていましたが、ピラミッドの頂点にいることになる監督にとって、盲目的にならないように、ちょっとストッパーになってくれる人がいるのは良い事ですよね。」
浅田「でも、そのストッパーになりそうな、人生経験の豊富な、40代50代前半でしょうか?その年代の女性がとても少なく感じます。結婚されたり、出産されて子育て中だったりして、今あまり(現場に)いらっしゃらない、ように感じます。」
是枝「いなくはないけれど、多くは独身かもしれない。」
小林「独身や子供がいないから居れるみたいな感じになってるんでしょうか。」
伊藤「5月に公開する、浅田さんにインタビューをした記事があるんですが、それを書く時に調べたら日本のアカデミー賞、最優秀監督賞を受賞した女性監督ってゼロなんです。優秀監督賞だと河瀬直美さん、西川美和さんが居ますが、まだ最優秀監督賞は居ません。」
参考:「インティマシー・コーディネーターと考える男性目線から生まれる違和感」
浅田「『Japanese Film Project(JFP)』が調査結果として出していますが、2000年から2010年の大作を撮った映画監督の男女の比率が97%対3%なんです。97%男性が撮ってたら、まあまあそれはやっぱりアカデミー賞のノミネートや結果にも現れてしまうな、と。そもそもチャンスがない、と感じました。」
伊藤「メジャー映画を撮るのはまだまだ男性監督なんですよ。ミニシアター系には若い女性の監督が出てきてはいるけれど、中間の世代が少ない。私と同世代の女性監督も片手で数えられるくらい。子どもを持つ女性監督がそもそも少ないですが、やはり妊娠から子どもが小さい間はブランクが出来ますよね」」
是枝「助監督から監督になるルートをたどるのがしんどい、という現状もあると思います。助監督を10年15年やり続けて監督になるのは女性だけじゃなく男性も無理がある。」
伊藤「自分のオリジナル脚本で好きなものをやると食べていけないから執筆の仕事もしている、という方もいらっしゃる。結局は映画作りもお金です。」
是枝「あの提言書にも書きましたが、結局業界の中のお金だけで回していくという状況だと、絶対にクリエイティブの方、制作の方、そこの労働者の方にはお金がこぼれてこない。やはり最初から海外を視野に入れた作り方をするとか、業界の外からお金を持ってくるかしかない。それで予算を増やして、まず現場に回すっていう発想を持つプロデューサーが必要だなと思っています。」
SAORI「私は現場の人間なので上の方の仕組みは理解しきれていないかもしれませんが、プロデューサーも、ちゃんとお金集めの知識のある人がプロデューサーにならないとだめなんじゃないか、と思います。」
是枝「そのプロデューサーを育てる仕組みが、監督以上になかったりするんです。」
SAORI「長時間労働や休みがないといった話になると、『予算があれば一日の撮影時間を短くできる、休みがとれる』とおっしゃるプロデューサーの方はいらっしゃいますが、私は20代の頃、それこそアカデミー受賞だったりにノミネートされるような大きな作品もやっていましたが、確かにお金はありましたが、別に休みはなかったです(笑)
その時はそんな環境に違和感すら感じていなかった自分がそうであるように、結局、予算が増えても作る人の意識が変わらないと、増えた予算を作品のクオリティ向上に注ぎ込むだけなのでは?とは思ってしまいます。」
伊藤「分福(是枝監督の所属する制作者集団)には女性プロデューサーがいますが、他の所はすごく少ないですね。それも構図的に問題なのではないでしょうか。子供がいらっしゃる方も少ない。」
伴瀬「確かに。私の会社では、プロデューサー制作職の中で私が初産休でした。」
伊藤「初?!私もそうでした。結構度胸いりますよね。」
伴瀬「今の私の仕事のやり方によって、将来結婚や妊娠を考えている後輩たちに迷惑がかかるようなことが無いように意識しています。」
浅田「大変だと思いますが、今、伴瀬さんが道を作っていることを、後輩たちもきっと喜んでいるでしょうね。」
SAORI「私もあえて打ち上げに子供を連れて言ったり、伴瀬さんと以前ご一緒した現場にも、託児の都合がつかない時は連れていったりしていました。ある時、若いスクリプターの子から『仕事か家庭か選ばないといけないと思っていた。子供を諦めなくていいんだって思いました』って言ってもらえたことがあって。大変だけどそう思ってもらえて本当に嬉しかったです。」
・制作現場の環境も、予算をどう考えてどう使っていくかも、現状を変えるには個々の意識が変わっていくことが重要だと改めて気付かされました。
是枝「本当は意識から変えたいけれど、それは時間がかかることだなと思います。僕は若い頃から、自分が怒鳴られるのが嫌だったので、人にも怒鳴らなかったんだけど、当時は、『お前がスタッフに怒鳴れないのは愛情が足りないからだ』と言われていたんですよ」
一同「えええええ!?」
是枝「そんな文化だから、殴られたり怒鳴られたりすることが愛情だと感じてしまう、そこが結びついているメンタリティーの人たちもたくさんいて、それがむしろ主流だったんです、僕が20代の頃は。だから、それはおかしい、殴ったり怒鳴ったりしないのが当たり前だよと言えるようになっただけでもだいぶ違うと思う。ただ、ここまでの時間を考えると、それが一掃されるまでにはもうちょっと時間が必要なんだろうと思います。
改革の速度はもちろん上げるためにやれることはやるけれど、意識から変えていくのがそう簡単ではないというのはこの2年活動してきてすごくよくわかったので、じゃあもう『法律で』っていうことにならざるを得ないな、と。本当にそれが正しいかどうか僕も分からないけれど、やはり現場の人たちもそうしないと変わらないし今の状況の中ではそうせざるを得ない。
統括機関を作るべきだという意見も、民間委員、経団連や連合からも出ています。そうなった時に、一番過激な意見はその統括機関にチェック機能を持たせて『労働環境やハラスメントについて守れないチームには作らせない、という形にしないと変わらないんじゃないか』という意見も出ていて、情けないけれど、そこまでいかないと多分本当には変わらないと。自分たちでできないのであれば、お金も含めてちゃんとそういう機能、権限を持たせた統括機関を早急に作るべきだなと思っています。」
・全体の意識の変化にはまだ時間がかかるとしても、是枝組でインティマシーコーディネーター(IC)を導入されたことは、やはり意識の変革を感じます。浅田さんが参加することになった流れはどういったものだったのでしょうか?
伴瀬「元々は別件で浅田さんにコンタクトをしていたのですが、是枝さんと浅田さんと私で話し合いをした時がちょうど『怪物』の撮影時期だったんです。浅田さんのICという職業のお話をきく中で、本当に『怪物』にICを入れなくていいのだろうか?と。その時ちょうど課題になっていた、男の子2人のとあるシーンをどういう風に撮っていくか、というのが宿題のように残っていて、そこでやはり浅田さんに入って頂くのが良いのではないか、ということで、既に撮影中でしたが脚本をお送りして読んで頂いたんです。当該シーンのほかにも気をつけた方が良いシーンをあげてくださって、地方ロケから帰ってきたその日に打ち合わせをしました。そこから、性教育、LGBTQの勉強も必要だろう、という2つの軸でやっていこう、ということで、性教育をしてくださる方を一緒に選んだり、LGBTQについて取材していた方に浅田さん立ち会いのもと子供達に会ってもらうということをしていきました。」
是枝「元々は『万引き家族』のことがあって、僕がa4cの活動を始めた時に、あの現場で予定しなかった性的なシーンを無理矢理撮ったんじゃないか、という声がSNS上に出た。僕としてもチームとしてももちろん何かを強要したつもりは全くなかったのですが、『怪物』のスタッフは『万引き家族』にも参加してくれていた方が多かったこともあり、念のために伴瀬にスタッフのみんなにヒアリングをしてもらい、どういう状況だったのかを確認して、浅田さんにも相談してどうアップデートできるか、と考えていました。『舞妓さんちのまかないさん』の撮影時に、入浴シーンでは男性スタッフは全員外に出て、クローズドセットにしてモニターの数を減らして、という取り組みをやってみてはいましたが、まだ手探りだったんですね。なのでそう言ったこれまで気になっていた部分や、『今の基準に照らしたらどうなのか?』というところを浅田さんにアドバイスをいただいたりして、それじゃぁ、と『怪物』に参加していただき、去年撮ったドラマにも参加していただいた、という流れなので、僕の中では、『万引き家族』『怪物』昨年撮ったドラマと3つの作品が並行してるんです。
現場をどうアップデートしていくかというところで。」
浅田「そこがやっぱり、是枝監督の素晴らしいところだと思います。ご自分が権力を持っていることの自覚、学びの姿勢、アップデートの必要性、そういったことをしっかり意識されていることがすごく伝わってきます。」
是枝「昭和のおっさんなので、どうしても(笑)意識的にならないと。」
・作品のために常に向上心を持っていらっしゃるのがわかります。そんな是枝監督が撮影期間中に行った新しい取り組みについて教えてくださいました。
是枝「撮影って、走り出してしまうと、どこに皺寄せが行っているかが、少なくとも監督からは見えにくくなったりするんです。多分プロデューサーもそういう状況だろうから、この前撮ったドラマでは、撮影が3分の1くらい進んだところで、技師やチーフに集まってもらって、プロデューサーから現場で何か問題がないか、と確認して、意見交換会をやったんです。下から何か苦情が出てないか、ちゃんと休めているか、などの確認を。でも、みんな撮影を止めたくない気持ちもあるのか、『いや大丈夫です、大丈夫です』と、なかなか問題が上がってこなかったりする。」
伴瀬「私はその作品には参加してないのですが、参加した方から、1番最初、オールスタッフの時に監督が『この現場に何かあったら現場を止めるぐらいの覚悟でいる』というお話をされた、と聞きました。」
是枝「そうだね、最初にそういう話をさせてもらった。一件ちょっと感情のぶつかり合いみたいなものがあって、スタッフが泣いてしまった、ということがあったので、それを吸い上げてプロデューサー陣に調査してちゃんと両方の意見を聞いて、ということをやりました。なのでそういうことの繰り返しですね。それで終わってみて、まだ改善ポイントがあるかもしれない、と。」
SAORI「20代前半の頃、仕事もまだうまくできないし、先輩たちとうまく関係性を築くこともできず、撮影所のトイレで泣いたり、しんどすぎてセットから逃亡して、でもそれも怒られるからこっそり前室に戻ったりした経験があるのですが、結構後輩と話しても『私もトイレで泣いてました』とかあるんですよ。もちろん自分の不出来さもあるでしょうが、あの時ヒアリングしてもらえたら、救われただろうな、とお話しを聞いていて思いました。」
是枝「頑張ります。」
伴瀬「ただ、是枝さんがこれだけ表にたって進めてくださってますけど、是枝組に限らず、やっぱり私たちとしては、現場に入ったら監督には作品づくりに集中してほしいと思います。多分スタッフからしても、作品への違和感は意見として言えるとしても、『あれ、ちょっとこの人先輩にパワハラ受けてるんじゃない?』と思ったとしても、それを監督に言うか?っていったら言わないじゃないですか。なので、じゃぁハラスメント関連については、ここに連絡してくださいっていうところもだいたい(窓口が)プロデューサーだから、プロデューサーに言えない場合もある。そのプロデューサー自身が良くなかったりしたら。それがすごく問題だと思います。」
SAORI「言えずにやめていってしまう人もいるでしょうね。第三者機関の必要性については swfiでも考えることもありますが、大半のスタッフの方がフリーランスである現状では、資金や運用を具体的に考えるほど、難しいな、と思います。
ただスタッフィングの段階から気をつけることで、ある程度ハラスメントを防ぐこともできるかもしれないとも思います。例えば、私がよくやる監督は怒鳴る人が嫌いなので、新しく参加するスタッフはほぼ必ず、プロデューサーが事前に『その人現場で怒鳴ったりする?穏やかな人がいいんだけど』と確認していますね。」
是枝「大事ですね。そうすることで、その(怒鳴る)人に仕事が回らなくなっていく、というのが大切。」
SAORI「そうなると穏やかな現場になって行きますね。
私たちは「子育てしながら働ける映画業界を創る」という目標で活動していますが、女性、子育て、ということだけではなく、様々なジェンダー、ライフステージなど多様なスタッフがいて、みんなで考えを分かち合えて、アップデートしていける。そうすることで働きやすい環境になり、それが結果いい映画を作ることにつながるんじゃないかといつも思っています。是枝監督のように、監督もスタッフもキャストも、アップデートして行ってほしいと思います。」
是枝「いやまだまだです。」
・最後に私たちswfiについて、一言いただけると嬉しいです。
是枝「応援します!」
一同「ありがとうございます!」
是枝「応援しますし、問題があれば言いに来てください。」
是枝監督の映画作りは、制作環境について常にアップデートの意識を持ち続けていらっしゃって、それが作品の面白さや質につながっているのだな、と感じさせられる意見交換会となりました。
是枝監督、伴瀬プロデューサー、お忙しいところ、お時間をとっていただき、ありがとうございました!